くまこさんの「ドキュメンタリー映画ランキング」

新しい才能の誕生

俳優・歌手として活躍する張哲瀚の初監督作品。ドキュメンタリー映画でありながら芸術・文学的要素も抱合していて、何度でも観てしまう異色の作品です。
監督自身の「八月」の思い出を回想しながら、2023年8月に雲南のシャングリラからチベットのラサまで世界遺産を巡る自転車の旅の記録映画で、わずか52分の映像に標高2000〜5000mの訪れることが難しい地域の絶景、文化、人々の暮らしが収められています。
しかし、この作品が旅の記録を目的としたドキュメンタリー映画と一線を画すのは監督自身の特殊な背景です。冒頭のナレーションで語られるように競争の激しい中国芸能界でキャリアのピークにあった2021年８月、業界の不正競争により過去の日本での旅行写真を悪用され、数々のデマを元にした世界でも類を見ない規模のサイバー暴力により、中国国内でのキャリアのすべてと一部の人権を失います。現在は中国国外で再開した音楽活動で成功し、アーティストとしてのキャリアは再始動しても中国国内での問題は何も解決しないままです。深刻なPTSDからタイでコンサートを行うまでに回復した後、彼はこの旅に出ます。いくつかの趣味の一つである自転車、大自然と道中での人々との出会い、音楽…ラサまでの癒しと再生の旅の記録です。
ナレーションは監督自身で語られ、素晴らしい癒しの歌声を持つ歌手でもある彼の声はとても心地よいもので、痛みを含む内容でありながらずっと聞いていたくなります。
また、スポンサーは自身が経営する企業のみという自主制作的な作品ですが、中国国内で一切の芸能活動を禁じられても自身の才能でスクリーンに戻ることができると示した作品でもあります。今後は世界でも数少ない監督主演ができるアーティストとして活躍されることでしょう。未来に期待したいと思います。
※リンクされているYouTubeの公式動画は字幕から自動翻訳→日本語を選択しますと日本語字幕での視聴が可能です。