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Twitterでシェアまえがき
1914年の創立以来多くのスターを輩出してきた宝塚歌劇団。ここでは宝塚歌劇団の飛躍に大きく貢献した故人を中心に選出いたしました。
ランキング結果
2位小夜福子
宝塚黄金期を支えた最大のスター
宝塚歌劇団の第一次黄金期といえる1920~30年代。当時、宝塚歌劇団は「宝塚少女歌劇団」と称していましたが、この時代を代表するスターといえば、小夜福子さんを外すことはできません。
カリスマ性を備えたキュートで愛らしい笑顔は、多くの若い女性を虜にして、その人気ぶりは宝塚歌劇団史上の伝説的存在となっています。
当時の女学生たちは手紙の文末に「さよなら」と記すとき、「小夜奈良」(奈良とは、同じくタカラジェンヌの奈良美也子さんのこと)という字をあてることが当時のトレンドだったともいわれています。
3位葦原邦子
存在感抜群のタカラジェンヌ
小夜福子さんより数期後輩ですが、1930年代に小夜さんとともに戦前宝塚を支えたトップスターといえば葦原邦子さんでした。
この戦前宝塚黄金期は通称「小夜葦原時代」とも呼ばれています。
存在感抜群だったという舞台姿、高い歌唱力。『サルタンバンク』主題歌、『マリオネット』主題歌、引退公演で歌われた『桃の花咲く丘』などの名曲が印象的です。
全盛期の1939年には画家の中原淳一さんと結婚のため、惜しまれつつ引退。多くのファンを驚愕させました。
「白薔薇のプリンス」
創設から100年以上、日本を代表する劇団のひとつ宝塚歌劇団。
今まで多くのタカラジェンヌを輩出してきましたが、その最高位に位置するタカラジェンヌといえば春日野八千代さんでしょう。
1929年に初舞台を踏んで以来、戦前・戦時中・戦後、そして2012年に亡くなるまで、タカラジェンヌの様式美を守り続けた大スターでした。
タキシード姿、若衆姿…その輝くような美しい舞台姿から、人々は「白薔薇のプリンス」と呼び賞賛を惜しみませんでした。