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嵯峨 景子さんの「短編小説ランキング」

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更新日: 2021/03/15
嵯峨 景子

ライター・書評家

嵯峨 景子

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まえがき

手軽に触れることができ、短い時間で物語世界を堪能できる短編小説。ひとくちに短編小説といっても、込められる意匠も世界観も驚くほど多様です。短い文字数のなかで作家はさまざまな人間模様や景色を描き出し、私たちは束の間、ここではないどこかへと旅立ちます。

今回は数ある短編小説のなかでも、とりわけ完成度が高い作品、そして現実のなかにひととき非現実が出現する、少し不思議な読み口の物語を選んでみました。短いけれども、濃密。いずれも短編小説の醍醐味を味わえる、極上の物語です。

ランキング結果

1桜の森の満開の下

桜の森の満開の下

引用元: Amazon

著者坂口安吾
ジャンル短編小説
出版社講談社
発売日1989年4月3日
メディアミックス映画「桜の森の満開の下」(1975年)
公式サイト-

満開の桜が見せる禍々しくも美しい幻想譚

「桜の森の満開の下」は、『堕落論』や『白痴』などで知られる坂口安吾による傑作短編小説です。妖しく残酷な女と、彼女に魅了された山賊を中心に、禍々しくも美しい幻想譚が紡がれます。

鈴鹿峠には桜の森の下を通る道があり、花の季節になると旅人はみな森の花の下で気が変になると恐れられていました。この峠に住み着いた山賊は、ある時美しい女を見かけ、亭主を殺して八人目の女房として彼女を家に迎えます。女に心を奪われた山賊は、彼女の命じるままにそれまでの女房を殺し、以後もそのわがままに翻弄されていくのでした。都に住まいを移し、彼女が求めるままに人間の首を集める日々に退屈した山賊は、ふと桜の森を思い出し、女とともに山へ帰ります。ですが満開の桜の花びらは、男におぞましい情景を見せるのでした――。

あまりにも美しいものに見た時に、人の心をよぎる不安や胸のざわめきをすくい上げ、物語へと昇華した「桜の森の満開の下」。本作はどこまでも危険で、そして途方もなく魅力的な小説です。毎年桜の季節になると、この作品を思い出します。

2パン屋再襲撃(小説)

パン屋再襲撃(小説)

引用元: Amazon

著者村上春樹
ジャンル短編小説
出版社文藝春秋
発売日2011年3月10日
メディアミックス-
公式サイト-

空腹の呪いに駆り立てられた夫婦の奇妙な一夜

二週間ほど前に結婚したばかりの夫婦は、夜中の二時ごろ、圧倒的な空腹感で目覚めました。冷蔵庫に食べ物はなく、二人はビールを飲んで耐えようとするも、空腹はおさまりません。

やがて男は、学生時代に空腹にかられてパン屋を襲撃した奇妙な体験を思い出し、その時のことを妻に語りました。すると彼女は「もう一度パン屋を襲うのよ」「それ以外にこの呪いをとく方法はないわ」と散弾銃とスキー・マスクを持ち出し、二人はマクドナルドを襲撃するのでした。

国民的作家として人気の村上春樹による「パン屋再襲撃」は、1985年に発表された初期短編小説です。空腹感というごく日常的なモチーフが、パン屋再襲撃というシュールな状況に流れゆく展開が絶妙で、作中に漂うユーモラスなテイストが笑いを誘います。日常が非日常へと転じる様を淡々と描きながら、乾いた喪失感を感じさせる物語は、村上ワールドの魅力が全開です。本作が表題作となった短編集『パン屋再襲撃』(文春文庫)には、他にも「象の消滅」や「ファミリー・アフェア」など、バラエティに富んだ6篇が収録されています。

3太陽の黄金の林檎

太陽の黄金の林檎

引用元: Amazon

著者レイ・ブラッドベリ
ジャンル短編小説
出版社早川書房
発売日2012年9月15日
メディアミックス-
公式サイト-

孤独な恐竜と霧笛の悲しき邂逅

郷愁と抒情のSF作家レイ・ブラッドベリによる短編小説集「太陽の黄金の林檎」に収録されている「霧笛」は、とびきり寂しく、そして孤独な物語です。

灯台守の僕は、先輩のマックダンとともに、人気のない灯台で仕事をしていました。霧が深い時、灯台は航海の安全のために霧笛を鳴らします。やがてマックダンは、年に一度この灯台を訪れるものがいると打ち明けます。今夜がその日で、二人の前にあらわれたのは、とうの昔に絶滅したはずの恐竜でした。深い海の奥底に眠る恐竜は、霧笛の音を仲間の声だと思い込み、毎年灯台までやってくるのでした……。

ラッドベリのリリカルな文体と、百万年のあいだひとりぼっちで生きてきた恐竜の圧倒的な孤独感が、読む人の胸を震わせずにはいられません。本作はSF色が薄いので、このジャンルになじみがない人にもぜひ挑戦してほしい作品です。「霧笛」は『太陽の黄金の林檎』(ハヤカワSF文庫)のほか、『ウは宇宙船のウ』(創元SF文庫)にも収録されています。
漫画家の萩尾望都がブラッドベリ作品をコミカライズした『ウは宇宙船のウ』(「霧笛」も収録)もおすすめです。

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