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嵯峨 景子さんの「ノンフィクション本ランキング」

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更新日: 2021/03/22
嵯峨 景子

ライター・書評家

嵯峨 景子

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まえがき

歴史や事件、あるいは史実の人物などを取り上げて執筆されるノンフィクション。今回はノンフィクション本のなかでも、特定の人物にフォーカスを当てて書かれた作品を対象にランキングを作成しました。いずれの著作も粘り強い取材と卓越した筆力である人の生き様を掘り下げ、私たちにスリリングな読書体験をもたらします。それぞれに分厚く読みごたえがありますが、権威あるノンフィクションの賞を受賞した面白い作品ばかりなので、ぜひ挑戦してみてください。

ランキング結果

1狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ

狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ

引用元: Amazon

ジャンルノンフィクション
著者梯久美子
出版社新潮社
発売日2016年10月31日
メディアミックス-
公式サイト-

作家夫婦の業と狂気に迫る傑作ノンフィクション

島尾敏雄の代表作として知られる『死の棘』は、夫の情事が引き起こした妻の狂気を描く私小説です。『狂うひと』は『死の棘』のモデルとなった島尾ミホを中心に、膨大な資料と丹念な取材を通じてこの名作の背景と島尾夫妻の修羅の真実に迫ります。

著者は島尾敏雄とミホの作品だけでなく、二人が残した大量の日記や手紙、創作メモなども検証し、あわせて徹底した関係者取材も進めます。そのなかで浮かび上がるのは、恋と死と文学が絡みあった島尾夫妻の“共犯関係”です。「書く人」である敏雄の文学的野心と、「書かれる女」になることで夫を支配したミホ。著者は『死の棘』の情事の相手も特定し、もう一人の「書かれる女」にも光を当てることで、島尾夫婦の濃密なつながりと、書くことに魅入られた人間の業をあぶりだしていくのです。

書かれる女であったミホは後年筆を執り、書く女へと自らの立ち位置を変えました。言葉によって結ばれ、言葉をめぐって闘争を繰り広げた夫婦の姿を生々しくも鮮やかに伝える作者の手腕には、脱帽せずにはいられません。従来のミホ像を更新し、『死の棘』に新しい読みをもたらす傑作ノンフィクション本です。

2木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

引用元: Amazon

著者増田俊也
ジャンルノンフィクション
出版社新潮社
発売日2011年9月30日
メディアミックス-
公式サイト-

とてつもない情熱で綴られた伝説の柔道家の生涯

「木村の前に木村なく、木村のあとに木村なし」。15年不敗や13年連続日本一などの記録を打ち立てて、最強とうたわれた伝説の柔道王・木村正彦。柔道からプロ柔道、そしてプロレスへと身を転じた木村正彦の国民的な名声は、ある一戦をきっかけに地に落ち、その後彼は表舞台から消えていきました。木村の運命を変えたのは、1954年に行われた力道山とのプロレス選手権試合。以来木村正彦は、「力道山に負けた男」として生き続けたのです。

著者は戦後スポーツ史最大の謎とされるこの試合に着目し、真剣勝負であれば木村正彦は力道山に勝っていたと証明すべく、18年もの歳月をかけて資料収集と取材に取り組みます。木村正彦の強さを信じ、その再評価を進めようとする著者のとてつもない情熱と、木村の生涯を通じて浮かび上がる昭和史、そして柔道とプロレスをめぐる歴史はただただ圧巻の一言です。

最終的に著者の前提は覆され、彼は柔道側に立つ者として、力道山との試合で「木村正彦はあの日負けたのだ」と結論づけます。綺麗事を書いて木村正彦の名誉を回復するのではなく、苦しみながらも不本意な事実を正直に書き記す筆者の真摯さが、より一層本書のドラマティックさを際立たせます。格闘技が全くわからない私も、あまりに面白さに一気に読んでしまいました。格闘技ファン以外の方にもぜひ手に取ってほしいノンフィクション本です。

3デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場

デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場

引用元: Amazon

ジャンルノンフィクション
著者河野啓
出版社集英社
発売日2020年11月26日
メディアミックス-
公式サイトhttp://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-781695-2

異色の登山家を追うテレビディレクターのまなざし

「七大陸最高峰、単独無酸素登頂」をキャッチコピーに掲げ、2018年に8回目のエベレスト登頂挑戦中に命を落とした登山家・栗城史多。「冒険の共有」をうたい、エベレストに挑む姿をライブ配信する栗城の姿は、エンターテイナーとして多くの人を惹きつける一方で、登山界からは厳しい評価を受けました。そして凍傷で9本の指を失いながらも再びエベレストを目指す無謀な挑戦は、滑落死という結末を迎えます。

『デス・ゾーン』著者の河野啓は、かつて栗城史多のドキュメンタリー番組を制作したことがあるテレビディレクターです。従来の登山家のイメージを覆す栗城に魅了されて一緒に仕事をするも、その後関係を断っていた著者は、あらためて関係者やスポンサー、交友関係にあった人たちへの取材を重ね、栗城の生涯と疑惑の多いその活動を検証していきます。

「しかし彼がセールスした商品は、彼自身だった。その商品には、若干の瑕疵があり、誇大広告を伴い、残酷なまでの賞味期限があった」ことをさらけ出す本書は、なんとも苦い読後感をもたらします。著者自身もまた栗城史多という神輿をかついだ側の人間であり、自責の念にかられながら本書を執筆しているのです。栗城史多の姿を通じて、現代社会に生きる人間の承認欲求や夢と野心について考えさせられるノンフィクション本です。

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