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1位江戸城
2位大阪城
太閤・秀吉の築いた圧倒的な天下の名城!
城攻めの達人としても名高い太閤・豊臣秀吉が、そのノウハウの全てを注ぎ込んで築き上げた最強の城——それが、大坂城でした。
大筒を撃っても天守に届かないように計算された外堀を備え、10万人規模の兵力を収容できるよう建てられた巨大な城でもありました。
しかし、秀吉の死後『大坂冬の陣』が起こると、徳川家康公はオランダやイギリスから輸入したカルバリン砲を外堀の外から発射し、1発の砲弾が天守に命中したことから、豊臣方が和議の意向を固めたと言われています。
この和議により外堀どころか内堀まで埋め立てられてしまい、半年後の「大坂夏の陣」にて落城、秀頼や淀君らと共に灰燼と帰しました。
その後、豊臣の大坂城は破却され、徳川の大坂城が建てられました。今日に残る大坂城の天守は「徳川版・大坂城の復興天守」となっています。
また、周辺には大河ドラマ『真田丸』で堺雅人さんが熱演した真田信繁(幸村)が『大坂冬の陣』で建てた出城『真田丸』跡や、家康公の本陣跡など、歴史スポットも多数ありますので、併せて訪れたいところです。
3位元離宮二条城
二条城(にじょうじょう)は、京都市中京区二条通堀川西入二条城町にある江戸時代に造営された日本の城である。正式名称は元離宮二条城(もとりきゅうにじょうじょう)。京都市街の中にある平城で、後述する足利氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏によるものがあるが、現在見られるものは徳川氏によるものである。また、後の近代において二条城は京都府の府庁や皇室の離宮として使用された。城内全体が国の史跡に指定されている他、二の丸御殿(6棟)が国宝に、22棟の建造物と二の丸御殿の障壁画計1016面が重要文化財に、二の丸御殿庭園が特別名勝に指定されている。さらに1994年(平成6年)にはユネスコの世界遺産(世界文化遺産)に「古都京都の文化財」として登録されている。 徳川家康の将軍宣下に伴う賀儀と、徳川慶喜の大政奉還が行われ、江戸幕府の始まりと終わりの場所でもある。また、後の近代においては大正天皇即位の儀式である即位礼の饗宴場として使用された場所となった。
徳川幕府の始まりと終わりの場所
徳川家康公の将軍宣下に伴う賀儀と、最後の将軍・徳川慶喜による大政奉還が行われた「徳川幕府の始まりと終わりの場所」、それが二条城です。
現存する二条城は家康公が建てた城ですが、実はそれ以前にも「二条城」と呼ばれる城が複数あります。
大河ドラマ『麒麟がくる』では向井理さんが熱演された、室町幕府十三代将軍・足利義輝が建てたものや、同十五代将軍・足利義昭のために織田信長が建てたもの、信長が自身のために建てたもの、そして現存する家康公の建てたものと、4つあります。
慶長16年に家康公が豊臣秀頼と会見を行い、その成長ぶりに驚き「大坂の陣」を起こすことを決意したとも伝えられています。
三代将軍・家光の時代には後水尾天皇の行幸を迎え、史上初めて「武家の城を天皇が訪問する」舞台となりました。
残念ながら天守は現存していませんが、現存する二の丸御殿は内部まで見学できます。唐門の迫力や、襖絵などの豪華絢爛さを生で楽しむことができ、有名な「鶯張りの廊下」を歩くこともできます。
庭園も圧巻の規模と見応えなので、京都を訪れる際はぜひ足を運びたい天下の名城です。
あとがき
しかし、日本史上最大の城・江戸城、戦国時代最強の城・大坂城、京の都に唯一現存する城・二条城という選択なので、いずれも日本有数の名城であることは間違いないと思います。
最後までご覧いただき、ありがとうございました!
ブログでは家康公ゆかりの史跡をはじめとして、訪れた史跡や寺社仏閣などを紹介しています!
徳川将軍の象徴にして日本一の城!
天守の大きさ日本一の44.8m(家光期)、外郭面積約2,082ha、内郭面積約424.8haと、戦国乱世を終焉させ260年の天下泰平を実現した徳川将軍を象徴する、比類なき超巨大城郭です。
残念ながら天守は三代将軍・家光の時代に焼失して以降、今日に至るまで喪われたままです。しかし、家康・秀忠・家光の三代に渡り、それぞれがそれぞれに巨大天守を建造したというのですから、徳川将軍家の圧倒的な財力と権力が伺い知れます。
また、265年に渡る江戸時代を通じて将軍の居城であったため、各年代によって石垣の積み方が異なったり、火災による焼け跡が石垣に残っていたり等、今日でもその歴史に触れることができる史跡です。
東京のど真ん中にあるため訪れやすい点も魅力的ですが、あまりに広いため観て回るのも一苦労です。