ランキング結果
1位ファイナルファンタジーX

引用元: Amazon
| ジャンル | RPG |
|---|---|
| 対応機種 | PS2 |
| 発売日 | 2001年7月19日 |
| メーカー | スクウェア |
| 公式サイト | http://www.squareenix.com/jp/archive/ff10/ |
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引用元: Amazon
| ジャンル | RPG |
|---|---|
| 対応機種 | PS2 |
| 発売日 | 2001年7月19日 |
| メーカー | スクウェア |
| 公式サイト | http://www.squareenix.com/jp/archive/ff10/ |









【長文レビュー】もうひとつの世界の友人達に捧ぐ。
※多少のネタバレ要素があります。
一本道というのはRPGにおいて最も批判されやすい要素ではあるが、本作はその一本道を究極的に生かすことに成功している稀有な作品である。
これまでのFF作品は旅の途中で最終目的が決まることがほとんどだったが、本作では最初の段階から「ザナルカンドで究極召喚を習得してシンを倒す」という最終目標が決まっていた。
したがって、寄り道をすることに意味はなく、ひたすら目的地に向かうべき巡礼の旅であることをプレイヤーに実感させてくれるため、一本道特有の「閉鎖感」にも大きなストレスを感じないで済む設計だ。
これがもしオープンワールドで「寄り道し放題」だったら、ティーダたちが抱える切迫感や、ユウナが覚悟を決めて一歩ずつ霊峰を登る「歩みの重み」は霧散してしまう。
「一本道だからこそ、プレイヤーも彼らと共に運命のレールを歩まざるを得ない」という、システムと感情の合致を突いているのだ。
更に所々で差し込まれるティーダの回想によって、過去に歩んできた道であることが強調されるのも大きい。
つまり、ティーダが物語の案内人のような役割を果たしているのだ。
彼自身がスピラに対して無知でもあるため、プレイヤーが置いてけぼりになることもないであろう。
物語の構造自体も「究極召喚を習得してシンを倒す」と言った結論を前置きしてからのスタートとなるため、以降の物語の流れを掴みやすくなっているのもポイントである。
まるで、IQ数値の高い人がよく使用する会話テクニックのような物語展開を堪能できるわけだ。
こういったいくつもの工夫によって、一本道によってゲームの面白さが損なわれるという問題点を見事に解決し、わかりやすくも奥深いシナリオ、および王道的なゲームデザインに昇華させた当時のスタッフ達に拍手を送りたい。
本作は決してプレイヤーが主役になれるRPGではない。
しかし、プレイヤーが仲間の旅に同行できる感覚を得られるという革新的なRPGスタイルであると言っても過言ではない。
年表単位で作り込まれた世界観の中で、リアルなキャラクター達と接している感覚はまさに「仮想現実」とも言えるだろう。
この仲間キャラクターに依存した仮想現実感は、他のRPGでは中々味わえないFFならではのものだ。
そんな状態で、プレイヤーは次第に長い長い旅の結末に近づいていく。
そこで待ち構えていたのが、父と子の再会、そしてあのラストである。
心に突き刺さらないわけがない。
下手に寄り道要素がなかった分、旅の使命感がより強まった。
それが相乗効果および反動となって、辛く厳しい旅の果てに待ち構えていたクライマックスの盛り上がりの度合いも膨らんだというわけだ。
このシナリオを考えた野島一成氏は、小島監督に勝るとも劣らない天才だと個人的には思ったものだ。
よく本作を映画にしてほしい、あるいは一本道でゲーム性が弱いから映画でいいじゃんなどの声を聞くが、気持ちはわからないでもない。
だが、本作のこの感動はコントローラーを握りしめながら、一歩一歩と旅路を進むその確かな感覚が、プレイヤーに「旅の辛さ」を実感させることで呼び起こされる「カタルシス」であるため、映画ではまず表現できない手法である。
そして、システム上の「不自由さ」が、そのまま逃れられない運命のメタファー(象徴)となっている点もセットで挙げると、ゲームだからこそ成立できる没入感であることが理解できるであろう。
一本道というリスクを「だからこそのメリット」として定義し直し、ゲームとして全うできている素晴らしい作品である。
道中のエピソードにも、あらゆる政治的問題や宗教的思想、外交、陰謀、策略といった人間社会のリアルな模様が細かく描写されていることが多いため、物語そのものに説得力がある。
このあたりはWRPGに通ずる秀逸な世界観構築を実感できる。
WRPGといえば、私が世界一好きなRPGはPC版の「The Elder Scrolls V: Skyrim」
(スカイリムの長文レビューも掲載しているので、是非読んでみて下さい)
このゲームは広大なオープンワールドと作り込まれた世界観、そして自由度の高さが魅力の作品。
散歩感覚で自由に歩き回るだけでも楽しい。
遠くのあの町に行ってみたいと思えばいつでも好きな時に行けるので、まさに本作とは真逆のRPGである。
しかし、意外と共通点もある。
スカイリムもまた、プレイヤーが自分の足で大地を踏みしめることによって、あらゆる地域に旅行しているような感覚を得られるRPGなので、その感覚が意外と本作に近い。
唯一異なる点は、スカイリムが自由な「旅行」であるのに対して、本作は重い使命を帯びた「旅」であることだ。
目的地を選べないからこそ、その道程で感じる使命感はより強固なものになり、あの物語が他に類を見ないほど重く、感動的なものになったのだと推測している。
しかし、問題点もやはりある。
上述の通り、質の良いゲームとして成立していることを認めている一方で、何周も繰り返して楽しめるタイプのゲームではないとも考えている。
何故なら、何周しても「同じ世界線しか」体験できないからだ。
例えばFFVIならシャドウやシドが生きている世界線、あるいは亡くなっている世界線など、周回ごとに「異なる世界線」を味わえる。
これはオープンワールドのゲームでも同様に、ウィッチャー3ならFFVI以上に変化に富んだ周回プレイが可能だ。
ゲラルトをトリス&イェネファーと二股するプレイボーイにすることもできるし、一途なウィッチャーとして活動させる世界線にすることも可能。
キーラ・メッツの運命を変えたり、エンディングの結末さえ全く異なる世界線を描くこともできるのだ。
これらのタイプの作品とは異なり、本作は周回プレイによって得られるメリットが皆無に等しい。
物語の考案要素の面でもFFVIIIと比べると弱い。
ようするに一周すればお腹いっぱいになってしまうのだ。
そこがコアなゲーマーからすれば物足りない要素でもある。
何よりシナリオと世界観に比重が偏りすぎているので、ゲームプレイおよびやり込み面でのインパクトやモチベーションの継続性に欠けている点があるのは否めない。
恐らく、本作をゲームとして楽しめないユーザーはこれらの問題点を強く感じ取っているのだろう。
それでも私が本作に95点という高評価をつけた理由は、前述した通り「仲間達と旅ができる体験型ゲーム」として、至高の完成度を実現しているからである。
さて、次は戦闘システムやUIについて・・・
と言いたいところではあるが、システム面にまで詳細に言及してしまうと一冊の本レベルの長文になってしまうため割愛する。
とりあえず一言で言ってしまえば、これまでのATBとは異なり「アクションゲームではないのに、スタイリッシュなアクションゲームに近い快感を得られるコマンドバトルである」と言ったところであろう。
テンポの良いバトルを楽しめるので、戦闘面でも秀逸なクオリティを実現していると言える。
最後に。
本作は「記憶を消してからもう一度プレイしたい作品」ではありません。
記憶はそのままに、もう一度彼らに会いたくなるような「再会の喜び」を味わえる作品だと思っています。
本当に美味しいものを食べた時の「お腹いっぱいになった」は、時間経過で「渇望」へと変わるからです。
本作をプレイしてから数年が経過しましたが、また彼らに会いに行こうと思います。
私は本作のおかげで人生が変わりました。
物事に対しての見方など、様々な点で私の人生に大きな影響を与えてくれました。
ティーダ、ユウナ、ワッカ、アーロン、キマリ、ルールー、リュック、ジェクト、ブラスカ、シーモア、スピラの皆様、素晴らしい役を演じてくれて本当にありがとう。
そして、この宝物を生み出してくれたスタッフの皆様、本当にありがとうございました。