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金谷 俊一郎さんの「戦国武将最強ランキング」

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更新日: 2020/11/14
金谷 俊一郎

歴史コメンテーター

金谷 俊一郎

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まえがき

戦国最強の武将は誰かというテーマは非常に難しいと思います。もちろん最終的に天下を取った徳川家康・豊臣秀吉・織田信長といった武将が強いと言えるのかもしれませんが、強いというファクターはただ領国を手に入れ拡大するだけではありません。

戦いにどれだけ勝利するか、その戦績はいかほどか、自らの領国をいかに守り抜いていくか、家臣たちをいかに上手に戦わせるかなど多くのファクターがあります。
今回は単純に「戦に強い」というだけではない様々な「強い」という意味でのランキングにしてみました。

ランキング結果

1上杉謙信

上杉謙信

上杉 謙信(うえすぎ けんしん) / 上杉 輝虎(うえすぎ てるとら)は、戦国時代の越後国の大名。関東管領(1561年 - 1578年)。山内上杉家16代当主。戦国時代でも屈指の戦上手とされ、その神懸った戦績から後世、軍神や、「越後の龍」などと称された。

負けない美学を持つ武将

上杉謙信は、武田信玄のように多くの有力な家臣を携えているわけでもありません。また織田信長や豊臣秀吉のように圧倒的な軍事力で相手を圧倒させる武将でもありません。
そう言うとそんなに強い武将ではないのでは?と思うかもしれませんが、私は上杉謙信こそ「人生」という戦場を戦う上で最も強い戦い方をした武将であると考えます。

上杉謙信は、決して無理をしない戦国武将でした、また謙信自信、家臣そして領国が損をしないようにするためにはどうしたらよいかということを第一にあくまでも冷静に分析して判断して行動していく武将であるということが最近のの上杉謙信の書状の研究などから明らかになってきています。

このいかに負けないかということが重要なのです。そのためのリスクコントロールやマインドの管理などを徹底的に行って戦ったという点においては、他の戦国武将に見られない大きな特徴であると言えます。

2本多忠勝

本多忠勝

本多 忠勝(ほんだ ただかつ)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。徳川氏の家臣。上総大多喜藩初代藩主、伊勢桑名藩初代藩主。忠勝系本多家宗家初代。本姓は藤原氏。通称は平八郎(へいはちろう)。徳川四天王・徳川十六神将・徳川三傑に数えられ、家康の功臣として現在も顕彰されている。

天下を取った家康ですらもったいないほどの逸材

「家康に過ぎたるもの二つあり、唐の頭に本多平八」という言葉が残っているほどの武将です。徳川家康に仕えいいなおまさらと共に徳川四天王とされた人物ですが彼のすごいところはその戦績です。
生涯で57度もの合戦に参戦したのに一度も傷を受けていないのです。しかもほとんどの戦いで最前線で戦っているのにこのせいかというのがすごいです。

また、三方ヶ原の戦いで2万7000人の武田軍をわずか3000人の兵で進軍を止めました。こういうタイプの武将は戦国時代初期においては強い武将として君臨するのですが、戦国時代も終わり頃になるとなかなか芽を出さない場合が多いです。
しかし本多忠勝の場合は違います。関ヶ原の戦いまで戦い抜き、最終的には伊勢桑名15万石の大名にまで出世していきます。

山本勘助を超える!?武田氏最強の武将

武田信玄の重臣で武田信玄の四宿老と呼ばれた人物です。
あれほど多くの戦いに参加しながら、長篠の合戦で戦死するまで一カ所の手傷も負っていない。これはまさしく強い戦国武将と言えるでしょう。馬場信春は戦略を改良した非常に有能であると考えます。彼の功績の中ですごいものを二つあげると「押し太鼓」と「鬨の声」の改良です。

「押し太鼓」とは、戦場で自軍に対して前進や停止を伝えるために鳴らされる太鼓です。馬場信春は「押し太鼓」を使って9つの動きができるように改良したのです。
まず、「押し太鼓」を、前進を伝える「寄せ」、隊列を正す「序」、部隊を移動させる「急」、敵を攻撃する「破」の4種類に分け、更に「序」を3種類、「急」を2種類、「破」を2種類に分けることで、9つの動きを伝えられるようしたのです。
また自らの軍勢を鼓舞するために行われる「鬨の声」も改良し、軍勢を鼓舞することにも成功しました。

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