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みささんの「戦国武将・大名ランキング」

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更新日: 2023/12/29

みさ

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ランキング結果

1織田信長

織田信長

織田 信長(おだ のぶなが、天文3年5月12日〈1534年6月23日〉 - 天正10年6月2日〈1582年6月21日〉)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、戦国大名、天下人。

天下統一

織田信長は天下統一を命をかけて進めていたと思います。なのに明智光秀に殺されて(実質信長は自害してるから殺されてはいないけど)明智光秀さえ家臣じゃなければ、天下統一してたはず。

1竹中重治(竹中半兵衛)

竹中重治(竹中半兵衛)

竹中 重治(たけなか しげはる)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。初名は重虎、のちに重治。通称は半兵衛(はんべえ)。父は竹中重元、弟に重矩。子に重門。従弟に竹中重利(府内藩初代藩主)。 羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の参謀として活躍し、黒田孝高(黒田官兵衛)とともに「両兵衛」「二兵衛」と称された。しかし、軍功に関する逸話や美談の多くは後世の創作によるものと見られ、史実上の実像が不明瞭な人物である。

稲葉山城乗っ取った

稲葉山城をたった16人で、乗っ取った。
とてもすごい‼️

カッコいい

小田原攻めのとき忍城を守った姫‼︎浪切丸を手に敵を倒した。
すごい‼︎

3浅井長政

浅井長政

浅井 長政(あざいながまさ、旧字体表記:淺井 長政)は、戦国時代の武将。北近江の戦国大名。浅井氏の3代目にして最後の当主。浅井氏を北近江の戦国大名として成長させ、北東部に勢力をもっていた。妻の兄・織田信長と同盟を結ぶなどして浅井氏の全盛期を築いたが、後に信長と決裂して織田軍との戦いに敗れて自害。浅井氏は滅亡した。官位は贈従二位中納言(徳川家光の外祖父にあたるため、死後の寛永9年(1632年)9月15日に贈られた)。

美濃三人衆

美濃三人衆の一人。(もう二人は氏家卜全、安藤守就)

無傷

長篠まで無傷だった

5山県昌景

山県昌景

山県 昌景(やまがた まさかげ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての日本の武将。甲斐武田氏の家臣で、譜代家老衆。後代には武田四天王の一人に数えられる。

赤備え

武田最強すごい‼️
身長さえ低くなければ完璧。

三好三人衆

三好三人衆の1人

鬼義重

関係ない話だけど、戦国武将の中で鬼がつく人多すぎ。
鬼義重、鬼柴田、鬼島津、井伊の赤鬼、丹波の赤鬼、不死身の鬼美濃、鬼小島くらいかな。(まだあるけどキリがないのでこれくらいにします)
これらをかいた理由は、佐竹義重が鬼とつくのでかきました。

8松永久秀

松永久秀

松永 久秀(まつなが ひさひで)は、戦国時代〜安土桃山時代の武将。大和国の戦国大名。官位を合わせた松永 弾正(まつなが だんじょう)の名で知られる。弟に長頼、嫡男に久通、久秀の甥で松永家の姓を継承した永種(貞徳の父)。

足利義輝を殺した

三好義継とともに永禄の変起こした。

9明智光秀

明智光秀

明智 光秀(あけち みつひで)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、大名。戦国大名・織田信長に見出されて重臣に取り立てられるが、本能寺の変を起こして主君を自害させた。直後に中国大返しにより戻った羽柴秀吉に山崎の戦いで敗れる。一説では、落ちていく途中、小栗栖(現・京都府京都市伏見区小栗栖)において落ち武者狩りで殺害されたとも、致命傷を受けて自害したともされる。

織田信長を殺した人

織田信長を殺した。確かにひどいことされてるから可哀想だけど、せめて天下統一してからにして。

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