みんなのランキング

まっちゃんさんの「戦国武将・大名ランキング」

0 0
更新日: 2025/09/05

まっちゃん

ランキング結果をSNSでシェアしよう

Twitterでシェア

ランキング結果

関ヶ原で家康を討ち取ることができていれば

関ヶ原、最後の突撃で家康の首を取ることができていれば、関ヶ原の戦いは1ヶ月も3ヶ月も伸びると思う。その時、毛利
長宗我部、黒田はどうするか?豊臣秀頼を囲む者達は一枚岩となることができるか?歴史好きとしては、興味深い。

2黒田官兵衛(黒田孝高)

黒田官兵衛(黒田孝高)

黒田 孝高(くろだ よしたか、旧字体:黑田 孝高)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。戦国の三英傑に重用され筑前国福岡藩祖となる。キリシタン大名でもあった。 諱(実名)は初め祐隆(すけたか)、孝隆(よしたか)、のち孝高といったが、一般には通称をとった黒田 官兵衛(くろだ かんべえ)、あるいは剃髪後の号をとった黒田 如水(くろだ じょすい)として広く知られる。軍事的才能に優れ、豊臣秀吉の側近として仕えて調略や他大名との交渉など、幅広い活躍をする。竹中重治(半兵衛)とともに秀吉の参謀と評され、後世「両兵衛」「二兵衛」と並び称された。

稀代の軍略家

軍略家として右に出る者はいない。
関ヶ原が1ヶ月続けば、京に馳せ上る。
毛利と長宗我部をどうするか?第
3の勢力として、徳川の世に待ったを
かけることになったと思う。

3長宗我部元親

長宗我部元親

長宗我部 元親(ちょうそかべ もとちか)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての土佐国の戦国大名。長宗我部氏第21代当主。位階は従五位下で死後に正五位、昭和3年(1928年)には正三位が贈られた。

信親が生きていれば

戸次川の戦いで信親が生きて帰ってきて
いれば、元親も覇気がなくなることもなく、有能な家臣団も存続する。
関ヶ原も徳川側についたか?黒田勘兵衛らと第3の勢力か?天下統一に待ったを
かけたと思う。

4島清興(島左近)

島清興(島左近)

島 清興(嶋 清興、しま きよおき)は、戦国時代から安土桃山時代の武将。筒井氏、石田三成の家臣。通称は左近で、一般には島 左近(しま さこん)の名で広く知られる。実名は勝猛(かつたけ)などの俗称が広まってはいるが、自筆文書においても「清興」の花押を使用しており、正確には清興であると考えられる。

関ヶ原で魅せた猛将

関ヶ原、小早川秀秋の裏切りがなければ
西軍が勝っていた。島左近にそれからの
戦略をたてさせてやりたかった。

このランキングに共感できましたか?

総合ランキングをみる

ライフスタイルの新着記事

おすすめのランキング

あわせて読みたいランキング