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もし世界中を旅していて、遠くにペルーの複合遺産「マチュ・ピチュ」の姿が見え始めたらどうする?可能ならば行ってみたいと思わないか?ガウディの作品群である「サグラダ・ファミリア」の美しい姿を想像してみよう。中に入ってみたいと思うだろう?そう、本作はそんな人間のリアルな欲求を、ゲーム内での探索欲に変換してしまうほどの、抗いがたい魔性に満ち溢れているのだ。チュートリアルを終えると、目の前には広大なオープンワールドが広がっている。そして北に歩いていくと、禍々しくも立派なストームヴィル城が徐々に見えてくる。城が見え始めた時、多くのプレイヤーはここを目指したくなるであろう。だが何故、皆は揃いも揃ってこの城を目指したくなるのか?何か大きな目印でもあるのだろうか?その理由は、とある計算された「誘導メカニズム」によるものだが、これについては後述で具体的に説明しよう。まずは探索面での特徴について言及しておく。実は本作には、多くのオープンワールド作品に採用されているマーカーが存在しない。つまり、リムグレイブに降り立った瞬間に、どこへ行けばいいのか全くわからない状態からのスタートとなるのだ。それを聞いて「オープンワールドゲーにマーカーがないなんてありえない。不親切にも程がある」と思ってしまう人も多いだろう。しかし、もしそのような迷子の状態で、目の前に巨大な城が見えてきたらどうする?とりあえず入って探索してみたいと思うだろう?そして、そこを攻略するにはどうすれば良いか、どれほどのレベルまで上げれば良いのかなど、自ずと攻略プランを考えることになる。まさに、それが本作の狙いなのだ。マーカーといった指示待ちシステムを廃止してでも、生と死が隣り合わせの極限状態をプレイヤーに味わってもらいたいという、フロム・ソフトウェアからのサディスティックな挑戦状である。もし本能的にストームヴィル城を探索したいと思ったのならば、それが正解なのだ。そこに必要なのは、マーカーではなく「意思」である。ようするに、プレイヤーの主体性を完全に信頼してくれているゲームデザインであるということ。そして、ここで改めて前述した誘導メカニズムについての説明をしよう。最も大きな理由は、やはりマーカーのようなシステム的な記号を廃止したおかげである。その分、画面には余計な情報が表示されないわけだ。マーカーどころかミニマップすらないので、プレイヤーの視点が自然と、ゲームの風景そのものに向けられることになる。つまり、それらのノイズがない分、巨大な建造物や黄金樹などのオブジェクトが、プレイヤーを強く引き寄せる「魔力」として機能し始めるからである。これによって、主体性の伴った臨場感をより深く、より現実的に味わうことができるようになったというわけだ。また、RPGでは当たり前となっている町や村がないという点も、この魔力の効果を大きく増幅させている。町に着いた時の安堵感の代替えを、不気味なダンジョンを発見した時の「好奇心」が引き受けてくれるからだ。つまり、我々は安息を奪われたことで、真に「冒険をしている感覚」を得ることに成功したのだ。本作は基本的にはどこへ行こうと自由だ。しかし、遠くへ行けば行くほど当然のように危険度は増してくる。開始直後のアンロックがされていない状態での遠出は、あまりにも非効率であろう。そこで、ストームヴィル城のような目立つ建造物を、通り道からはっきりと見える位置に設置することで、例え初心者のようなプレイヤーでも、目指すべきシンボルとして認識できるようになる。これによって、道から大きく外れる心配も少なくなるという、必要最低限の配慮をしていることが理解できるであろう。勿論、ストームヴィル城を確実に攻略するには、ある程度のレベルと準備が必要にはなるがね。開始してすぐ近くにエレの教会があるのも配慮ポイントである。ここでアイテムを購入できるからだ。なお、教会の近くには、変な金色のプラモデルがうろついているが、もし気になるなら話しかけてみるといい。きっと、素敵なアドバイスをしてくれるはずだ。とにかく、本作には魅力的なオブジェクトが多く用意されている。あっちへ行きたい、もしくはここに入ってみたいなどと、プレイヤーの好奇心を常に刺激してくれるのだ。まさに冒頭の世界遺産のくだりで述べた人間の本能的な欲求を、ゲーム内で満たしてくれるわけだ。また、本作にはマーカーだけでなく、クエストリストも廃止されている。なので、人によってはいちいち情報をメモしないといけないという、面倒臭い作業を余儀なくされてしまうであろう。これも、自分だけの冒険日誌を脳内に刻み込んでいくような主体性の要求である。この廃止による「引き算の美学」は、2002年発売の『 The Elder Scrolls III: Morrowind 』から、強く影響を受けていると言える。だが、モロウウィンドの方にはいくつもの都市があり、NPCも数多くその世界に暮らしている。その分、対話によって社会的に情報収集ができるといった楽しみ方を見出せる。まさに、オープンワールドの魅力そのものとも言える構造であるため、上述の引き算の美学との相性が非常に良い。本作はどちらかというと、アクションアドベンチャー寄りの属性が強いため、探索の面白さとプレイヤーの主体性を重視したコンセプトの双方の相性が、必ずしも良いとは言い難い。したがって、GOTY受賞の決定的な理由にもなった「革新性」については、首を傾げてしまうところである。悪い言い方をしてしまうと、モロウウィンドの二番煎じだからだ。これが革新なら、ウィッチャー3の「選択による運命の分岐」も革新と言えるのではないだろうか。どうも、GOTYの選考基準の曖昧さが浮き彫りとなってしまっているようだ。何より、権威に流されやすいSNS界隈や、一部メディアの忖度によって、異常なまでに神格化されている事実が大きな懸念点である。その本質を見極めずに表面的な深度のみを抜粋し、不当に持ち上げようとする風潮には辟易している。GOTYはあくまで、その年の最高傑作を競い合う賞レースというだけであって、歴史的に偉大な作品を展示する場ではない。それこそ「世界ビデオゲームの殿堂」を差し置いてまで、騒ぎ立てることではないはずだ。勿論、本作が四大GOTYを獲得した実力そのものには、全く異論はない。何故なら、本作の真価は革新ではなく、モロウウィンドをソウルライクの文脈で更新した「洗練」だからである。話を戻そう。更にソウルライクの特性上、敵とのバトルがメインとなるので、折角のオープンワールドの醍醐味が戦闘に邪魔されて生かされていないという見方もある。例えばゆっくりと散歩をして景色を堪能することが中々できなかったりなどね。スカイリムと比較してしまうと、道中においてはどうしてもスカスカ感を感じてしまう点も否めない。あちらは正統派のRPGであるため、ランダムイベントが豊富で、NPCもフィールドの至る部分に配置されているからだ。モロウウィンドの項でも言及したが、それらが常に社会性をベースにしたイベントである故に、空白を動的に埋められるメリットとして機能しているからである。個人的に最も気になったのは、オープンワールドにしてしまったことで、皮肉にも従来のダークソウルやブラッドボーンで強く味わうことができた、死にゲー特有の「緊張感」が薄れてしまったことかな。その自由度の高さが逆に仇となり、難問を後回しにできる行動選択肢を幅広く生み出してしまったことで、ソウルライクの旨味そのものが氷が溶けて薄まったコーラのようになってしまったのが残念な点である。とはいえ、本作は前述したようにプレイヤーの導き方が非常に上手く、新たなロケーションを発見する度に、湧き上がってくるような探求心を与えてくれた。グラフィック自体はそこまでハイクオリティというわけではないが、永遠の都であるノクローンやノクステラに代表される破壊的な芸術性に加え、エフェクトを十分に生かした演出面や腐れ湖の禍々しさなど、プレイヤーをその世界に極限まで依存させるべく計算された精神的ギミックが、これでもかと散りばめられている。戦闘面では従来のフロム作品と比較すると、やや敵のAIが賢くなっている傾向がある。モンスターハンター4Gの大型モンスターのような、プレイヤーの入力に反応したいやらしい挙動を見せてくることもしばしばあった。ここに関しても割と賛否両論の風潮があるようだが、その分、武器を変更し戦技を使い分けることで体感難易度を緩和できたりなど、戦略性の幅は寧ろ広がったと言えるだろう。ボス戦の付近には還魂碑が設置されていることが多いので、霊体を召喚することで撃破難易度を大きく下げることができる。ここでも初心者への配慮が顕著に表れている。これらの要素が重なって、結果的には過去作よりもやや難易度が低くなっていると言えるだろう。私としては、霊馬トレントに乗りながらバトルをするのが好きだった。スカイリムの馬の性能にほとんどメリットを感じなかったため、彼に有能感を感じてしまったのだ。だが、騎乗する時の掛け声くらいはほしかったかな。断末魔時に声を出してくれても何も嬉しくない。アセットの再利用の仕方が露骨な点も含め、細かい部分での不満点が結構多い。だが、本作が傑作である事実は揺るがない。ゲーム内の各所に点在する断片を拾い集めて余白を埋めていくといった、主体性の問われる物語の構築プロセスは、もはや見事の一言である。それはまさに、古文書を解読する学者のような、あるいは事件現場の遺留品から真相を追う探偵のような体験である。何より高難度であるが故に、ゲームをやめて現実に戻った時の安堵感が凄まじい。まるで、実際に戦場を体験してきたかのような覚悟と緊張感が、一気に解かれたかのような感覚を覚えた。しかし、一度味わってしまったからなのか、何故かまたあの荒廃した世界に戻りたくなってしまう。きっと、私の中の刺激を求める本能があの幻想的な死地を、まるで「ディズニーリゾート」のように見せていたのだろう。なぜ死の大地がリゾートに転じるのか?その理由は、以下の「五芒星」に関係している。■ マーカー廃止により機能した「オブジェクトの魔力」■ クエストリスト廃止による「主体的冒険心の点火」■ 現実を凌駕するロケーションの「芸術性」■ 死闘の末に掴む戦略的「カタルシス」■ 断片から真実を編む「主体的物語構築」これまで説明してきた、プレイヤーを魅了し縛り付ける体験メカニズムを、箇条書きで纏めたリストである。この五芒星が人間の内側に潜む、恐怖・不安・高揚・好奇心・探究心といった五つの精神性と共鳴し合うことで、鮮やかな『 プリズム 』に色を変え、それらのエネルギーを蓄積した魔法陣が形成される。それが、高難度のボス戦をクリアした時の達成感によって増幅され、眩い光となって解き放たれるのだ。この呪術的なまでに計算された設計によって、過酷な戦場は「陶酔的な非日常」へと昇華される。前述した本作の異常な神格化も、この高純度ドラッグによってプレイヤーがトランス状態になってしまうのが原因なのだろう。私には、宮崎英高氏が天からマリオネットの糸を操っている光景が想像できる。まさに、マインドコントロールの原理に近いゲーム設計である。この次から次へと狂ったような悪意と未知の快感が、同時に襲いかかってくるような展開はまさに、ピンク・フロイドの超名盤『 狂気 (The Dark Side of the Moon) 』を、最初から最後まで通しで聴いているような『 トータル・コンセプト・ロールプレイング 』とも呼ぶべき、世にも贅沢な一大プログレ体験である。
ホワイトラン衛兵
膝に矢を受けた人さん
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【 狂気 】The Dark Side of the Moon
もし世界中を旅していて、遠くにペルーの複合遺産「マチュ・ピチュ」の姿が見え始めたらどうする?
可能ならば行ってみたいと思わないか?
ガウディの作品群である「サグラダ・ファミリア」の美しい姿を想像してみよう。
中に入ってみたいと思うだろう?
そう、本作はそんな人間のリアルな欲求を、ゲーム内での探索欲に変換してしまうほどの、抗いがたい魔性に満ち溢れているのだ。
チュートリアルを終えると、目の前には広大なオープンワールドが広がっている。
そして北に歩いていくと、禍々しくも立派なストームヴィル城が徐々に見えてくる。
城が見え始めた時、多くのプレイヤーはここを目指したくなるであろう。
だが何故、皆は揃いも揃ってこの城を目指したくなるのか?
何か大きな目印でもあるのだろうか?
その理由は、とある計算された「誘導メカニズム」によるものだが、これについては後述で具体的に説明しよう。
まずは探索面での特徴について言及しておく。
実は本作には、多くのオープンワールド作品に採用されているマーカーが存在しない。
つまり、リムグレイブに降り立った瞬間に、どこへ行けばいいのか全くわからない状態からのスタートとなるのだ。
それを聞いて「オープンワールドゲーにマーカーがないなんてありえない。不親切にも程がある」と思ってしまう人も多いだろう。
しかし、もしそのような迷子の状態で、目の前に巨大な城が見えてきたらどうする?
とりあえず入って探索してみたいと思うだろう?
そして、そこを攻略するにはどうすれば良いか、どれほどのレベルまで上げれば良いのかなど、自ずと攻略プランを考えることになる。
まさに、それが本作の狙いなのだ。
マーカーといった指示待ちシステムを廃止してでも、生と死が隣り合わせの極限状態をプレイヤーに味わってもらいたいという、フロム・ソフトウェアからのサディスティックな挑戦状である。
もし本能的にストームヴィル城を探索したいと思ったのならば、それが正解なのだ。
そこに必要なのは、マーカーではなく「意思」である。
ようするに、プレイヤーの主体性を完全に信頼してくれているゲームデザインであるということ。
そして、ここで改めて前述した誘導メカニズムについての説明をしよう。
最も大きな理由は、やはりマーカーのようなシステム的な記号を廃止したおかげである。
その分、画面には余計な情報が表示されないわけだ。
マーカーどころかミニマップすらないので、プレイヤーの視点が自然と、ゲームの風景そのものに向けられることになる。
つまり、それらのノイズがない分、巨大な建造物や黄金樹などのオブジェクトが、プレイヤーを強く引き寄せる「魔力」として機能し始めるからである。
これによって、主体性の伴った臨場感をより深く、より現実的に味わうことができるようになったというわけだ。
また、RPGでは当たり前となっている町や村がないという点も、この魔力の効果を大きく増幅させている。
町に着いた時の安堵感の代替えを、不気味なダンジョンを発見した時の「好奇心」が引き受けてくれるからだ。
つまり、我々は安息を奪われたことで、真に「冒険をしている感覚」を得ることに成功したのだ。
本作は基本的にはどこへ行こうと自由だ。
しかし、遠くへ行けば行くほど当然のように危険度は増してくる。
開始直後のアンロックがされていない状態での遠出は、あまりにも非効率であろう。
そこで、ストームヴィル城のような目立つ建造物を、通り道からはっきりと見える位置に設置することで、例え初心者のようなプレイヤーでも、目指すべきシンボルとして認識できるようになる。
これによって、道から大きく外れる心配も少なくなるという、必要最低限の配慮をしていることが理解できるであろう。
勿論、ストームヴィル城を確実に攻略するには、ある程度のレベルと準備が必要にはなるがね。
開始してすぐ近くにエレの教会があるのも配慮ポイントである。
ここでアイテムを購入できるからだ。
なお、教会の近くには、変な金色のプラモデルがうろついているが、もし気になるなら話しかけてみるといい。
きっと、素敵なアドバイスをしてくれるはずだ。
とにかく、本作には魅力的なオブジェクトが多く用意されている。
あっちへ行きたい、もしくはここに入ってみたいなどと、プレイヤーの好奇心を常に刺激してくれるのだ。
まさに冒頭の世界遺産のくだりで述べた人間の本能的な欲求を、ゲーム内で満たしてくれるわけだ。
また、本作にはマーカーだけでなく、クエストリストも廃止されている。
なので、人によってはいちいち情報をメモしないといけないという、面倒臭い作業を余儀なくされてしまうであろう。
これも、自分だけの冒険日誌を脳内に刻み込んでいくような主体性の要求である。
この廃止による「引き算の美学」は、2002年発売の『 The Elder Scrolls III: Morrowind 』から、強く影響を受けていると言える。
だが、モロウウィンドの方にはいくつもの都市があり、NPCも数多くその世界に暮らしている。
その分、対話によって社会的に情報収集ができるといった楽しみ方を見出せる。
まさに、オープンワールドの魅力そのものとも言える構造であるため、上述の引き算の美学との相性が非常に良い。
本作はどちらかというと、アクションアドベンチャー寄りの属性が強いため、探索の面白さとプレイヤーの主体性を重視したコンセプトの双方の相性が、必ずしも良いとは言い難い。
したがって、GOTY受賞の決定的な理由にもなった「革新性」については、首を傾げてしまうところである。
悪い言い方をしてしまうと、モロウウィンドの二番煎じだからだ。
これが革新なら、ウィッチャー3の「選択による運命の分岐」も革新と言えるのではないだろうか。
どうも、GOTYの選考基準の曖昧さが浮き彫りとなってしまっているようだ。
何より、権威に流されやすいSNS界隈や、一部メディアの忖度によって、異常なまでに神格化されている事実が大きな懸念点である。
その本質を見極めずに表面的な深度のみを抜粋し、不当に持ち上げようとする風潮には辟易している。
GOTYはあくまで、その年の最高傑作を競い合う賞レースというだけであって、歴史的に偉大な作品を展示する場ではない。
それこそ「世界ビデオゲームの殿堂」を差し置いてまで、騒ぎ立てることではないはずだ。
勿論、本作が四大GOTYを獲得した実力そのものには、全く異論はない。
何故なら、本作の真価は革新ではなく、モロウウィンドをソウルライクの文脈で更新した「洗練」だからである。
話を戻そう。
更にソウルライクの特性上、敵とのバトルがメインとなるので、折角のオープンワールドの醍醐味が戦闘に邪魔されて生かされていないという見方もある。
例えばゆっくりと散歩をして景色を堪能することが中々できなかったりなどね。
スカイリムと比較してしまうと、道中においてはどうしてもスカスカ感を感じてしまう点も否めない。
あちらは正統派のRPGであるため、ランダムイベントが豊富で、NPCもフィールドの至る部分に配置されているからだ。
モロウウィンドの項でも言及したが、それらが常に社会性をベースにしたイベントである故に、空白を動的に埋められるメリットとして機能しているからである。
個人的に最も気になったのは、オープンワールドにしてしまったことで、皮肉にも従来のダークソウルやブラッドボーンで強く味わうことができた、死にゲー特有の「緊張感」が薄れてしまったことかな。
その自由度の高さが逆に仇となり、難問を後回しにできる行動選択肢を幅広く生み出してしまったことで、ソウルライクの旨味そのものが氷が溶けて薄まったコーラのようになってしまったのが残念な点である。
とはいえ、本作は前述したようにプレイヤーの導き方が非常に上手く、新たなロケーションを発見する度に、湧き上がってくるような探求心を与えてくれた。
グラフィック自体はそこまでハイクオリティというわけではないが、永遠の都であるノクローンやノクステラに代表される破壊的な芸術性に加え、エフェクトを十分に生かした演出面や腐れ湖の禍々しさなど、プレイヤーをその世界に極限まで依存させるべく計算された精神的ギミックが、これでもかと散りばめられている。
戦闘面では従来のフロム作品と比較すると、やや敵のAIが賢くなっている傾向がある。
モンスターハンター4Gの大型モンスターのような、プレイヤーの入力に反応したいやらしい挙動を見せてくることもしばしばあった。
ここに関しても割と賛否両論の風潮があるようだが、その分、武器を変更し戦技を使い分けることで体感難易度を緩和できたりなど、戦略性の幅は寧ろ広がったと言えるだろう。
ボス戦の付近には還魂碑が設置されていることが多いので、霊体を召喚することで撃破難易度を大きく下げることができる。
ここでも初心者への配慮が顕著に表れている。
これらの要素が重なって、結果的には過去作よりもやや難易度が低くなっていると言えるだろう。
私としては、霊馬トレントに乗りながらバトルをするのが好きだった。
スカイリムの馬の性能にほとんどメリットを感じなかったため、彼に有能感を感じてしまったのだ。
だが、騎乗する時の掛け声くらいはほしかったかな。
断末魔時に声を出してくれても何も嬉しくない。
アセットの再利用の仕方が露骨な点も含め、細かい部分での不満点が結構多い。
だが、本作が傑作である事実は揺るがない。
ゲーム内の各所に点在する断片を拾い集めて余白を埋めていくといった、主体性の問われる物語の構築プロセスは、もはや見事の一言である。
それはまさに、古文書を解読する学者のような、あるいは事件現場の遺留品から真相を追う探偵のような体験である。
何より高難度であるが故に、ゲームをやめて現実に戻った時の安堵感が凄まじい。
まるで、実際に戦場を体験してきたかのような覚悟と緊張感が、一気に解かれたかのような感覚を覚えた。
しかし、一度味わってしまったからなのか、何故かまたあの荒廃した世界に戻りたくなってしまう。
きっと、私の中の刺激を求める本能があの幻想的な死地を、まるで「ディズニーリゾート」のように見せていたのだろう。
なぜ死の大地がリゾートに転じるのか?
その理由は、以下の「五芒星」に関係している。
■ マーカー廃止により機能した「オブジェクトの魔力」
■ クエストリスト廃止による「主体的冒険心の点火」
■ 現実を凌駕するロケーションの「芸術性」
■ 死闘の末に掴む戦略的「カタルシス」
■ 断片から真実を編む「主体的物語構築」
これまで説明してきた、プレイヤーを魅了し縛り付ける体験メカニズムを、箇条書きで纏めたリストである。
この五芒星が人間の内側に潜む、恐怖・不安・高揚・好奇心・探究心といった五つの精神性と共鳴し合うことで、鮮やかな『 プリズム 』に色を変え、それらのエネルギーを蓄積した魔法陣が形成される。
それが、高難度のボス戦をクリアした時の達成感によって増幅され、眩い光となって解き放たれるのだ。
この呪術的なまでに計算された設計によって、過酷な戦場は「陶酔的な非日常」へと昇華される。
前述した本作の異常な神格化も、この高純度ドラッグによってプレイヤーがトランス状態になってしまうのが原因なのだろう。
私には、宮崎英高氏が天からマリオネットの糸を操っている光景が想像できる。
まさに、マインドコントロールの原理に近いゲーム設計である。
この次から次へと狂ったような悪意と未知の快感が、同時に襲いかかってくるような展開はまさに、ピンク・フロイドの超名盤『 狂気 (The Dark Side of the Moon) 』を、最初から最後まで通しで聴いているような『 トータル・コンセプト・ロールプレイング 』とも呼ぶべき、世にも贅沢な一大プログレ体験である。
ホワイトラン衛兵
膝に矢を受けた人さん
3位(92点)の評価