ランキングの前に…1分でわかる「山田洋次」
『男はつらいよ』が国民的人気シリーズに
山田洋次は、1931年生まれ、大阪府出身の映画監督。1961年に多岐川恭による短編小説『二階の他人』で映画監督としてデビュー。しばらくはヒットに恵まれませんでしたが、テレビドラマ版から制作に携わっていた『男はつらいよ』が山田洋次の監督で1969年に映画化されると、毎日映画コンクールの監督賞を受賞。昭和の名優・渥美清が演じる「寅さん」が巻き起こすこのドタバタ人情劇は、40作品以上が制作される国民的人気シリーズとなりました(3作目と4作目は山田洋二以外が監督を担当)。同シリーズを手掛ける一方で、国内の映画賞を総なめにした『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)、父(三國連太郎)と息子(永瀬正敏)のヒューマンドラマ『息子』(1991年)、夜間中学を舞台にした『学校』(1993年)など、心温まる人間ドラマを中心に数々の名作を輩出しています。
山田洋次は「日本アカデミー賞」の常連
山田洋次は、国内最高峰の映画賞「日本アカデミー賞」の常連となっています。2019年現在で、優秀賞は30回以上、最優秀賞は監督と脚本賞をあわせて5回以上受賞。なお「日本アカデミー賞」の記念すべき第1回の最優秀監督賞と最優秀脚本賞はどちらも彼が受賞しています(どちらも『幸福の黄色いハンカチ』『男はつらいよシリーズ』の2作品で受賞)。
























































思い出深い
この作品は幼少期から家族で観ていたので思い出深い作品でした。私の父は、このTV放送を観ては、日が暮れるのを待つ人でした。亡くなって久しく、もうその姿をあらためることはできませんが、この映画を通じて、父の横顔に再会できた気がしていて家族で思い出にひたっている、とても大切な作品です。
ちぃさん
1位(100点)の評価
本当に大好き
私は大学生ですが、映画が大好きで「男はつらいよ」にとても感銘を受けました。寅さんが近くにいたら振り回されると思いますが、将来に悩んでいる私にとって寅さんのような生き方は少し羨ましいです。
もし私の叔父さんだったら、満男のように河原でお話をしたいです。
不器用だけど、人情に溢れる寅さんとその周りの人たちが大好きです!!
ゲストさん
1位(100点)の評価
1971年 男はつらいよ 寅次郎 奮闘編
寅さん昭和3年生まれ
花子の恩師 田中邦衛さん昭和7年生まれ
の演技が良かった。
さくら
花子
の演技に感動し、涙する。
寅さんシリーズの最高傑作
私の父は昭和4年生まれ
思えば私が子供の頃に観たかった映画
もっと親孝行できたかもしれない。大陸から帰国した山田洋次の監督の思いが、青森県の風土に映る、名作。
道案内人の男性は黄色いヘルメット姿で東北電力の黄色いバイクに乗っていた。
懐かしい。
海老蔵さん主演の映画
出口のない海
の脚本
良かったです。
主人公の海軍将校は
大正10年生まれ
私の小学校の先輩
私は尊敬しています。
大正11年生まれの私の大叔父が
同級生で
法事に出ました。
先日、私は海軍将校の御遺族とゆっくり語りました。
大叔父は近衛師団、帝都防空隊員でした。
大叔父は私の仲人でした。
大叔父は私の娘の愛院大卒論のテーマ、がんどうち、インタビュー形式で、娘の質問に答えてくれました。私が大叔父の自宅へ娘と訪問しました。
大叔父は同級生の海軍将校は元気溌剌で、日本の軍神だと話してくれました。
山田洋次監督
海軍将校
大叔父
日本人が古来持つ、心情の表現、言葉。
私は、頂戴しました。
末永く大切にします。
ありがとうございます🙇🙂🇯🇵[続きを読む]
少水の魚に楽しみ有りさん
1位(100点)の評価